よるのくちぶえ (2009年)

少年映画評価 8点
作品総合評価 6点
少年の出番 100%(主役)
お薦めポイント 思春期・泉澤祐希君の静かな熱演
映画情報など 2009年公開/DVD発売済
(写真は主役の泉澤祐希君)


東京藝術大学の大学院修了制作作品。音楽、美術など芸術家を目指す方にとって、国内最高峰といわれる東京藝術大学。しかし映画を含む映像研究科が出来たのは、ごく最近とのこと。その実力は如何に。そう思って、わざわざ平日に休みを取って東京まで鑑賞に出かけたのでした。そしてその実力を目の当りに。

■ストーリー

ある雨の夜、赤ん坊を抱いた女性がバスに乗っている。隣に座った老婆が、クロシと名付けれられた赤ん坊を見て、「この子は大人になる前にお迎えがくるよ」と不気味な言葉を吐く。母子の過去は全く不明だが、二人は順調に生活を続け、クロシは中学生(泉澤祐希君)に成長した。母(片岡礼子さん)は近くの老詩人(品川徹さん)の家政婦をしながら、息子と本当に仲良く生活している。

クロシは静かな少年で、母の勤務先の老詩人にも、近所の若い悩める女性(韓英恵さん)にも、ガールフレンドにも、学校の先生にも妙に可愛がられている。また、素性の判らない男から頼まれ、映画のモデルにもなっている。しかし、クロシの口癖は「僕はもうすぐ死ぬんだ」。本気かどうか判らない。

そんなある日、変な男(長谷川朝晴さん)が突然、家にやってきた。クロシの父親だという。約束の時期が来たので迎えにきたんだ。その約束とは、クロシは15歳までは母と生活し、15歳になれば母と別れて父と暮す。(妙な約束ですねえ)

当然のように戸惑うクロシ。母は悲しそうに首を振る。これが運命だったのか。クロシは観念して父と2人で旅に出ることを決心した。前途の不安に押しつぶされたクロシは、思わず父の手を握るのだった。


ラストの旅立ちのシーン。思わず父と手をつないで
■若い若い女性監督の実力

とにもかくにもエンドクレジット。とてつもなくシンプルな黒バックに白い毛書体。少年俳優、泉澤祐希の名前がバーンッと音を立てるかのように現れた。ただそれだけ。これは、本当に泉澤祐希君の映画だったんだなあって。少年映画だったんだなあって。それだけで、涙が出てきそうです。大げさではなくて。

■映画「誰も知らない」との類似

類似なんて書きましたが、映画のストーリーも、テーマも、モチーフも全く異なる作品ですので、そういう意味の類似性はありません。ただ、ちょっとした演出や映像の中に、ふと「誰も知らない」を思い出してしまうのです。

冒頭シーン、「誰も知らない」は、夜のモノレールのガタンガタンという音で始まりますが、本作品も、夜のバスのエンジン音で始まります。両作品に共通の俳優である韓英恵さんの個性が印象に残っているせいもあります。あるいは、若い遠山監督が、是枝監督の作品を参考にした部分があるのかもしれません。

■その他、印象に残ったシーンなど

学生映画ですが、ベテラン俳優の品川徹さんの存在が、この映画を非常に引き締めています。使用人の息子であるにも係らず、まるで孫のように接する老詩人。この老人と少年の交流が何とも言えず暖かくて、印象に残ります。言葉は少ないのですが。

話題の映画やテレビ作品に欠かせないバイプレーヤーの品川さん。こんな無名作品ですが、他の作品よりも、本当にいい役だったように思います。

最後に、戸惑いながらも父と旅に出る決心をしたクロシ。でも、心の中は不安で一杯。そんな不安が、15歳にもなって、パパと手をつなぐという、とんでもない行為を喚起させたのでしょうか。見る人によっては、非常に「あざとい演出」と思われるでしょうね。私にとってもギリギリの演出ですが、ここは素直に受入れることが出来ました。

最後に、こんな名作ですが、もう映画館で上映されることは、まずないと思われます。幸いなことに、本当に幸いなことに、DVDが販売されています。しかも修了制作5本全部が3枚のDVDに収録されて、たった2940円。皆様、是非買ってみて下さい。本当に損はしないと思います。


老詩人になぜか可愛がられる中学3年生
明日から父と。不安気に荷物をまとめる

(補足)鑑賞時の映画日記より

2009年7月1日、ユーロスペース(東京)にて鑑賞。

数ヶ月前に、東京藝術大学の大学院修了制作作品のチラシを入手しましたが、その中でもこの作品だけは何としてでも観たいと思っていました。でも上映されるのは東京・渋谷で1回だけ。それも平日のレイトショー。大阪在住の私にとって厳しい条件でした。

しかし、頑張って仕事の段取りをつけ、7月1日の午後から1日半の休暇を取ることができました。(同僚や上司には、家族の用事とか何とかゴマかしました。こんな映画を観に行くなんて、とても言えません)午後の新幹線は空いていて快適、夕方5時には渋谷に到着。まずユーロスペースに行って当日券を購入。上映4時間前なのに整理番号21番とは。それから道玄坂にあるホテルにチェックインし、しばし休憩。

ホテルのインターネットで仕事を少々、近所で夕食を済ませて映画館へ乗込みました。平日のレイトショーなので空いているかな?と思っていましたが、意外にも満席。学生映画ですから若い人が大半ですが、年輩の方もいます。(この活気はさすがに東京。大阪ならこういう興行は成り立たないでしょう)上映前に、監督の遠山智子さんが登壇され、ほんの一言だけ挨拶されました。(最初は映画館のバイトの係員かと。すみません)

前置きが長くなりましたが、映画は十分満足!仕事を放り出して東京へ来た価値はありました。オープニングシーンは暗いバスの中で音だけが響きます。これは是枝監督の「誰も知らない」のモノレールのシーンから始るのとシンクロしています。実情は勿論知りませんが本作品は全編にわたって「誰も知らない」を意識したような構成になっている感じがします。(韓英恵さんが出演しているせいかもしれませんけど)

主演の泉澤祐希くんが素晴らしい。この一言に尽きます。思春期に入った少年の心のブレが身体全体から滲み出てくるような演技でした。だからと言って肩に力を入れて演技するぞ、という不自然さではなく、逆に無気力とも見える、この年代特有の孤無感みたいなものが、却ってリアリティにつながっていました。

ストーリーなどは省略しますが、前半は母と息子の関係、終盤は突然現れた父と息子の関係、ちょっと現実離れしている脚本でしたが、その空気感と緊張感がスクリーンに満ちていましたね。泉澤くんは撮影時14歳、精悍な男に見える瞬間もありますが、どちらかと言えば、まだあどけなさが目立ちます。最後のシーン、泉澤くんは将来への不安からか、手を伸ばして父と手をつなぎます。この年齢で父と手をつなぐなんて、実際にはあり得ません。でも気色悪く見えないのが、遠山監督の力量でしょうか。

また本作品で評価できるのは、中学校が舞台でも、イジメや暴力シーンが一切無いことです。安易に暴力シーンなど無くても画面に緊張感は作れます。この辺が「いけちゃんとぼく」の男性監督との差かもしれません。

ここまでベタ褒めしてきましたが、もちろん不満な点も多々あります。まずは冗長なシーンやカットが多すぎること。この脚本で119分は長すぎます。長くても90分以内に抑える編集をしなければ、一般公開は難しいでしょう。(あくまでこの脚本ではの話。)

7月1日だけで、もう一般上映される事はないかもしれません。これは残念だと思っていましたが、どうやら1年後くらいにはDVD化して発売されるようですので、皆様、是非ご鑑賞下さい。





▼イーストエンド劇場へ戻る   ▼少年映画第1部へ戻る