忘れない にいちゃんのランドセル (2015年)

初回放送・製作 2015年・NHK ドキュメンタリードラマ
作品評価 B+
お薦めポイント 阪神大震災の悲劇を糧に歩み出す少年と家族
関連情報など 映像関連の発売なし。
(写真は青木綾平君)



1995年の阪神淡路大震災から21年が経ちました(これを書いているのは2016年1月)。このドラマは震災から20年の2015年1月にNHKで放送されたものですが、その時は見逃しました。それから1年後にまた再放送があり、今度は録画して鑑賞。

毎年1月17日がくると、私もあの揺れを思い出します。そしてお亡くなりになられた方、特に小さいお子様の話を聞くのは、どうしても耐えられません。本作品は、実在の方のお話なので、私のような者がレビューしていいのか、迷いました。放送ではもちろん実名も出ておりましたが、ここでは一切書かず、少年俳優のお話だけを書かせて頂きます。(かえって不謹慎かもしれませんが、阪神淡路大震災のことは決して忘れません。)

震災で兄と姉を青木亡くした少年役の青木綾平君

阪神大震災で幼い兄妹を亡くし、失意に沈む夫婦。しかしやがて次女と次男が生まれた。家族の約束。それは毎月17日は家族でカレーを食べること。震災前夜、子供達が初めて自分たちでカレーを作った。でもそれを食べることなく、二人の子供達は亡くなった。

夫婦は、長男がたった1年だけ使ったランドセルを大切に保管していた。次男が小学生になる時、「ぼくはお兄ちゃんのランドセルを背負う」と言い出した。やがて次男は、長男の生きた年齢を越える。ランドセルも、お兄ちゃんの使った野球のグローブも、小さくなってしまった。

「生きるとは何だろう」たった7歳で閉じられた人生。それを弟は考える。決して意味のない人生では無かったはずだ。

 ドラマとドキュメンタリー

本作品では、小学高学年になった次男を演じた青木綾平君が全編を通じてナレーションを担当しています。ドラマ部分の演技力も、ナレーションも本当にしっかりしていて、安心できる少年俳優です。ただ東京生まれですので、関西弁は違和感が残ります。これは演出家の責任ですね。ここまでベタベタの関西弁を使う子は、最近ではいませんので、標準語でしゃべった方が自然かもしれません。

父親役は鶴見辰吾さん。大林監督の映画『翔んだカップル』(1980年)では、年齢よりも幼く見える童顔でしたが、今や年齢より老け顏(失礼)になっておられます。ただ、その分、人生の重みのような渋い味わいを持っておられますので、もっと活躍されてもいいのではと思います。ただやはり関西弁は違和感ありました。

ドラマ部分以上に、実在の方々を取材したドキュメンタリー部分の方が長い感じですので、役者さんと実在の方々との切り替えが難しく感じました。ご本人と役者さんの顔が違う訳ですので、これは、演じた役者さんも、モデルとなった本人の方々も、やりにくかったのではと思います。

 青木綾平君とランドセル

小学6年生くらいになりますと体格もよくなりますので、ランドセルを背負うのは窮屈になってくるのでしょうね。特に20年くらい前のランドセルは小さかったように思います。今はA4ファイルが入るサイズですし、外国人の大人が萌え?ではなく実用として買われるという話も。

ランドセル商戦は年々派手になりますが、広告では、どうも女の子モノばかりが目立ちます。男の子用は黒か紺色くらいで、売場面積も女の子用に押されて地味なイメージですが、本ドラマでは、久しぶりに黒のランドセルが主役の一つで、少しばかり安心(何を?)しました。

演じた青木綾平君。上で書きましたように演技もセリフも素晴らしく、おまけに美少年です。メガネが似合う美少年というのは、なかなかいないのかも。ここでは敢えて書きませんでしたが、本来は涙の出るような悲しいお話でもあります。

ただ亡くなった方々を偲ぶことは絶対大切ですが、泣いてばかりでなく、前を見て生きていかなければなりません。そういう意味で、少し不謹慎かもしれませんが、青木綾平君を見ていると、勇気を貰えそうです。

初メガネ。父に選んでもらった。(ドラマ)
陸上部。中長距離走の選手に。(ドラマ)





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