僕の村は戦場だった (1962年)

製作年・国 1962年・ソ連
少年映画評価 A+
お薦めポイント 復讐に取り憑かれた狂気の表情の裏に潜む、優しい少年の顔。写真はニコライ・ブルリャーエフ君。
映画情報など ブルーレイ発売中(DVDも各種発売)


旧ソ連生まれの巨匠タルコフスキー監督の長編第1作。日本でも人気のある作品で、ちょっとネットを検索すれば、多くの方が優れたレビューを書かれております。本作品を含むアンドレイ・タルコフスキー監督作品はデジタル・リマスターから、ブルーレイまで販売されておりますので、ここではさらっと感想を中心に。


第2次世界大戦中のソ連。川をはさんでドイツ軍と対峙する最前線のガリツェフ中尉の元に、イワン(ニコライ・ブルリャーエフ)という12歳の少年が保護された。イワンは密命を帯びて敵陣地に侵入して偵察してきた少年斥候兵だった。(斥候(せっこう)なんて言葉は使わず、偵察でいいなのかもしれません)

連絡を受けて軍本部からホーリン大尉がやってきてイワンから状況報告を受ける。イワンはドイツ軍に母と妹を惨殺され、父も戦死し孤児院に入れられていたが、ドイツへの復讐のために孤児院を脱走し、軍に協力していたのだった。しかし軍幹部であるグリャズノフ中佐は、これ以上イワンを斥候に使う事は禁止し、幼年学校へ入れるよう命令した。

中佐はイワンを息子のように愛し、戦争後には養子にしようと思っていたが、イワンは泣きながら猛烈に抗議する。そんな時、川を超えてドイツ軍側への上陸作戦が始まり、どうしても敵情視察が必要になった。ホーリン大尉とガリツェフ中尉はイワンを対岸へ送ることにした。

イワンは戻って来なかった。やがてソ連の反撃は進み、ベルリンを攻略し対ドイツ戦は終わった。ベルリンに進駐したガリツェフ中尉は、戦争捕虜の記録を調査しているうちに、処刑された少年の写真を見つけた。

 後年のタルコフスキー作品と通じるもの

登場人物(ソ連軍人)の関係が判りにくいのですが、それさえ理解できれば、ストーリーは非常にシンプル。それでも後年のタルコフスキー流の哲学的ともいえる難解な表現の萌芽はところどころに感じられます。

フルシチョフ時代のソ連ですから、体制批判的な表現はできませんが「ドイツを破った愛国戦士」みたいな単純な戦争映画ではありません。犠牲になるのは常に弱い人々であることなど、戦争の愚かさを描いている事は判りますが、さらにもう一つ何か主張があるような気にさせられるのが、タルコフスキー作品。

DVD特典に当時の関係者へのインタビューがありました。まだ若いタルコフスキー監督ですが、映画へのこだわりは尋常ではないほどで、スタッフは苦労したようです。本作品に登場する大尉や中尉といった将校は、大学等の高等機関から志願し、軍隊経験も殆どないまま中尉や大尉のエリートに。

旧ソ連も階級社会なのですね。本作品のソ連軍人はインテリ層だからでしょうか、知的で余裕のある感じがしますが、大半の労働者や農民などは下級兵士として最前線へ。きっと旧日本軍と変わらない過酷な軍隊生活だったのでしょう。そんな批判もあるのかもしれません。

 鮮烈な印象を残した少年俳優ニコライ・ブルリャーエフ君

両親と妹を殺され、この世に生きる意味は復讐だけ。そんなイワン少年の目は、まるで凍った鉄のように冷たいのです。一方で、まだ平和だった時代に、母や妹と戯れるシーンが何度も挿入されます。そのイワンの表情は全くの別人のように可愛く、同じ少年俳優が演じているとはとても思えません。

大人以上に冷静で死を恐れぬ少年ですが、それでも12歳の少年に戻る瞬間も。同じ任務にいたホーリン大尉がやってきた時、イワンは走り寄って大尉に抱きつき、大尉の胸に顔を埋めます。大尉は少年を抱きながら「痩せたな、まるでミイラみたいだ」このシーンにはなぜかほっとしました。

他の軍人からも、イワン少年はペットのように愛されています。日本の戦国時代の武将たちが小姓を連れていたような感じなのかもしれません。しかし旧ソ連ですから、そんな状況(栄光あるソ連軍人が少年愛者?)を肯定する訳もありません。

そこで若い女性の看護中尉が登場。大尉や中尉たちとロマンスめいたシーンもあります。後半のストーリーには何の関係もありませんので、このロマンスの意味は何だったんでしょうね。ちゃんと女性の方が好きなんだよ、というアピールだったりして。

 ラストシーンの衝撃

さてラストはベルリン陥落。実写と思われる残酷シーン(自決したゲッペルスの幼い娘達の残酷な死体など)もさることながら、捕虜になり処刑される直前のイワン少年の写真。子供とは思えない鬼のような形相。演技とはいえこんな表情もできるとは。

そして、母や妹が暮らす別の世界へ戻っていったのでしょう。女の子を追いかけて海辺を走ります。女の子を追い抜いても、そのまま海へと走り続けていきます。(フランス映画「白い馬」のように)、そして最後に現れたのが一本の樹。ここで映画が終わります。

この樹。タルコフスキー監督最後の作品「サクリファイス」(1987年)にも登場します。その意味でも「僕の村は戦場だった」で始まって「サクリファイス」で終わったタルコフスキー監督の象徴だったのかもしれません。

(追記)2008年の韓国映画「クロッシング」では北朝鮮の悲惨な少年が描かれていますが、ラストシーンはこの「僕の村は戦場だった」の影響を受けている感じがします。

戦場では命知らず。でも横顔は幼い天使
戦争前の平和だった時代の夢


ラストシーン。後ろの木は監督の遺作「サクリファイス」に続くのでしょうか。




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