製作年・国 |
2014年・ジョージア/仏/伊/独 |
少年映画評価 |
A |
お薦めポイント |
絶望しかないロードムービー。最後にほんの少し灯も |
映画情報など |
2015年公開。DVD発売中。 写真は孫役を演じたダチ・オルウェラシュビリ君 |
2015年の最後に鑑賞した少年映画でした。少年というには幼すぎる男の子が、少年映画というには、あまりに辛すぎる経験をするもので、後味は微妙でした。今の政治家の方々にも見て欲しい作品です。まあ政治家の方々は、何を見ても自分の都合のよい方に解釈されますので、映画に時代を変えるようなパワーを期待するのは無理でしょうけれど。
身から出たサビとはいえ、地位を追われ、逃亡者となった大統領と孫の少年
舞台はヨーロッパ東部と思われる架空の国。あくまで架空の国ですよ。そこでは専制的な大統領(ミシャ・ゴミアシュビリ)が長く国を支配していました。しかし国の経済は疲弊し、国民の間には不満が広がり、反政府勢力が台頭。今にも壊れそうな一触即発の国内情勢です。
それを察知した大統領は、家族を外国へ避難させますが、幼い孫(ダチ・オルウェラシュビリ)は飛行機に乗る直前になって、友達の女の子と一緒にいたいとワガママを言い、大統領と一緒に残ります(なぜ大統領がそれを許したのか、その理由は後で判りました)。
しかし空港から大統領官邸へ戻ることすら出来ませんでした。反政府勢力が蜂起し、道路はデモ隊と大統領に反旗を翻した軍隊で封鎖され、信頼していた部下達にも裏切られ、幼い孫と二人だけで、逃げるしかなくなってしまいました。貧しい床屋の親子を脅して服を奪い、流浪の旅へ。
最初は高圧的だった大統領も、自分がいかに国民から嫌悪されていたかを思い知るにつれ、寡黙になっていきます。何も知らない孫には、これはゲームであると嘘をつきながら。農夫、旅芸人と姿を変え、孫には、兵士に殺された女の子の赤いショールを着せて変装させて。
最後は、釈放された政治犯のグループに紛れて国境の海辺を目指しますが、とうとう民衆にバレてしまい、大統領も孫もリンチの上、処刑(これ以上は書けません。映画を見て下さい)
ジョージア共和国って?
さて本作品は、ジョージア共和国、仏、伊、独との合作映画との事ですが、ジョージアって判ります?恥ずかしながら私は知りませんでした。あの缶コーヒーのジョージア?「風と共に去りぬ」のジョージア州がアメリカから独立した訳がないし。
実は旧ソ連に属していたグルジア共和国の事なんです。ロシアとの対立から、ロシア語読みのグルジアでなく、英語読みのジョージアと表記するよう、ジョージア国の方から要請があったとか。これだけでも一筋縄ではいかない作品ですね。
わかっているけど、止まらないのさ(憎しみの連鎖が、暴れだす)
独裁者の大統領と言えば誰を思い出します?欧米のマスコミならイラクのフセイン大統領でしょうけれど、本作品をみて私は、ルーマニアのチャウシェスク大統領を思い出しました。国民に相当な恨みを買ったとはいえ、逃走の果てに、最後は裁判も受けず、民衆?に夫婦ともども惨殺されてしまいます。
本作品では、大統領の横暴さもさる事ながら、民衆とか、革命勢力というのも、結局は同じ穴のムジナだと描いています。独裁政権の片棒を担いでいた同じ人間が、今度は反政府勢力に鞍替えして「私は正しい」といって好き放題をする。映画では、反政府軍兵士が混乱に乗じて、結婚したばかりの新婦をレイプしたり、略奪したり、簡単に殺したり。
隠れていた大統領と孫を引きずり出し「殺せ、殺せ」の大合唱。「まず大統領の目の前で孫を吊るし首にしろ!」「大統領は生きたまま火あぶりだ!」民衆なんてこんなレベルなんでしょうか。
しかしその中で、一人のインテリ(釈放された政治犯)が叫びます。「暴力を振るった者は、また暴力で倒れる。殺してはいけない」しかし民衆は収まりません。インテリは「大統領を殺すなら、俺の首を先に切れ」とまで言いますが(この先は秘密)
この映画の作者を始め、暴力の連鎖を止めないといけない、という事をアピールする欧米人は多数います。判っているんじゃないですか。でも実際は、暴力は止まりません。民衆のレベル(何のレベルと問われても困りますけど)を上げていくしかないのです。
素顔は本当に可愛いダチ・オルウェラシュビリ君
女の子に変装して逃亡を続ける
この映画の救いは、この孫の男の子がひたすらに可愛いこと。それでも最初は、大統領の権力を楽しんだり、可愛い女の子とダンスをしたり、わがままお坊っちゃまでした。過酷な逃避行を、大統領はゲームだと言いますが「こんなゲームは終わって」と繰り返す言葉が本当に切ないのです。
さて、なぜ孫と大統領なんでしょうか。両親はどうしたの。映画の後半で明らかになります。まだ大統領の権力が及んでいた時代ですが、テロが起きて、孫の両親(大統領の息子夫婦)が死んでしまったのです。そのテロ犯人の一人が、図らずも釈放された政治犯のグループにいたのです。
独裁者の大統領といえども人の親。息子を殺された悲しみ、それが孫への偏愛につながったのだろうと思います。ああ話がそれました。ダチ・オルウェラシュビリ君の純粋な表情は演技とは思えません。本当に印象に残りました。
映画のジャンルとしてはロードムービーと言えなくもありません。ロードムービーには、どこか哀愁や希望が見えるものですが、本作品には絶望しか見えないのです。映画「ザ・ロード」に近いのかもしれませんが、ずっと辛いものです。それでも、お近くで上映されているなら、是非とも鑑賞される事をお薦めします。