大人は判ってくれない(1959年)

製作年・国 1959・フランス
少年映画評価 A-(今となっては古臭い面も)
お薦めポイント 少年が鑑別所を脱走して海へと走るシーン
映画情報など 1960年、国内公開。BD/DVD発売中。
(写真はジャン=ピエール・レオ君)


今更レビューするのもおこがましい作品。コアな映画ファンならタイトルを知らない人はいないと思います。でも意外に映画の中身はよく覚えていない、そんな作品でもあります。私もテレビで見たのですが、今回HDリマスター版のBDを購入し、あらためて鑑賞しました。

今となっては、ごく普通の作品です。それでも本作品に影響を受けた方々は大勢いると思います。監督のF・トリュフォーはヌーヴェルヴァーグ(新しい波)の旗手と言われ、日本でも映画や小説などに「新しい波」を起こそうとした方々も現れたとの事です。

警察の留置場から護送されるドワネル少年。警官は言った。もう友人の顔を見るのは最後だ。
(少年の顔に涙が。下部のアップ画像も参照して下さい)

パリで暮すドワネル(ジャン=ピエール・レオ)は12歳。両親は共働きで息子への愛情も薄い。夫婦喧嘩が嫌で時々家出したり。母が浮気する現場も見てしまった。楽しみは映画を見ることだけだった。学校では教師に反抗を繰返し、ついには停学処分。友人で富裕層の息子ルネに誘われて家出し、ルネの家に隠れる。

お金を貯めようと盗みを始める。ルネの父の会社からタイプライターを盗むが換金できず、戻そうとしたところで逮捕。両親はドワネルを少年鑑別所へ送る。鑑別所は海の近く。作業の途中で脱走したドワネルは海へ向かって走り出す。海を目にしたドワネルの目は何をみつめているのか...


両親と息子の関係があまりにも希薄。そう思っていたら鑑別所での事情聴取でドワネルが語りました。僕は生まれてから祖母の家に里子に出されました。8歳の時、祖母が高齢で世話が困難になり、両親の家へ来ました。ドワネルは淡々と語ります。

母は僕に言ったのです。お前を身籠った時、堕ろすつもりだったと。こんな事を実の母に言われたら12歳の少年は傷つくのは当たり前。でも考え方を転換すれば、少年は母や父を捨てる事が出来るのです。親子という鎖を断ち切って自由になれるのです。たぶんドワネルはそう考えたのだろうと思います。

本作で評価できるのは暴力表現が殆どないこと。ドワネルの素行は良くはありません。タバコは吸うし軽い盗みも。でも先生への落書きとか、作文でバルザックの小説を丸写しするとか、ウィットに富んだところが面白い。(バルザックの文章丸写しではなく、ほんの少しだけ自作の文章があり、丸写しでは無いと先生に抗議。もちろん認められませんでしたが)

両親、家族、兄弟の絆は大切です。でもそれに一生、いや、死んでからもずっと縛られる家族制度。考えてみれば窮屈な気がします。両親でも子供でも現世でたまたまその関係になったのであり、一人一人は独立した存在であるという考え方の方が楽な気がします。

なにか映画本題とは違う話になってしまいました。主役のジャン=ピエール・レオ君は当時13歳。でももっと年上に見えました。ちょっと可愛げがないかなぁ...

ドワネルのパジャマは大きく破れたまま。
(一種のネグレクト。両親は決して貧乏ではない。)
ドワネルと親友のルネ。ルネの家は大金持ち。
なぜか二人は気が合った。


両親と映画に行った帰り。こんな笑顔もあった。
(自家用車もある。この時間は何だったのか。)
家出して盗みを繰返し、警察に逮捕された。
声は立てないが、涙が止めどなく流れる。


少年鑑別所で事情聴取を受けるドワネル。
面会日に母親が来た。私はお前を引き取らない事にした。
外での作業中に脱走したドワネル。
とにかく走る、走る。海に向かって...


やがて海岸にたどり着いた。これからどうするのか。


※後記
少年映画でタイトルだけはよく知られている作品といえば...本作『大人は判ってくれない』と『スタンド・バイ・ミー』が両巨頭でしょうか。もちろん他にもたくさんありますけれど。




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